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評決のとき

アメリカの裁判映画は面白い物が多いのだけど、この作品もそれなりに面白かったと思います。
 その面白さは、案外、陪審員制度にありそうですが、その辺は、多分、法律の根幹にある問題で、すなわち人が人を裁くという部分に関わっているんじゃないかなぁ?。そこは、非常に人間臭い部分だと思います。
 この映画で起った事件は、ある意味、法律の範囲を越えているようにも思います。案外、法律という物はその程度の物で、人間にとっては、ある種の重荷になる場合もあるかもしれません。まぁ、素人考えですが、陪審員制度とは、ある種責任分担をして、人間性と法律の間の辻褄を合わせているだけの制度なのかも。
 今回の事件は、基本的にはちょっとした刃傷沙汰だからこそ、一筋縄では行かないのです。企業犯罪や冤罪とは訳がちがいます。だからこそ裁判の過程が大事になってくる訳で、事件の要因としては、歴史的背景や社会的な矛盾など、単なる刃傷沙汰を越えた所まで、その範囲は広がっていきます。この事件で無罪を勝ち取る事が必要なのは、多分、弁護士だけじゃないかなぁ。その点ではそれなりに緊迫感のある展開でしたが、たとえそれに勝利したとしても、どこか、単純に良かったといえない面もあると思います。恐らく、その辺の矛盾がこの作品を見応えあるものにしているのかも……。うーん、やはりアメリカは、どこか、おかしいぞ……。
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